レビュー&感想 オススメ度★★★★
テーマが、重度の障害や冒頭からハプバ潜入記事など正直、とっつきにくかったが、すんなり読み進めていくことができた。
選評で、川上弘美さんの指摘した「客観性のある描きよう、幾重にも折りたたまれているけれど確実に存在するユーモア、たくみな娯楽性」があったからだと思う。とくにユーモア。
読んでいてテンポも良かった。
しかし、挿し話に露悪的な表現が多く、これには一部辟易する部分もあった。
作者自身が障害を持っているということでの受賞かと正直舐めていたら、顔を殴られた気分。
最後の結末も素晴らしかったと思う。
最後の結末については、小川洋子さんの言葉が非常に適切で、物語に奥行きを感じさせた。
「もう一人の紗花が現れ、釈華の像が奥行きを増すラストには、内なる他者が、書く自由を手に入れ、飛翔する瞬間が刻まれている」
初めは結末が理解しにくかったが、その言葉を通じて新しい視点が得られ、物語全体がより意味深いものになった。
一度で、このように思い至れるようになりたいところだ。
目から鱗だったのは、紙の本を読む際には健常性が求められることであり、これについてまったく考えたことがなかった。まさに、私は本好きたちの無知の中心にいたことを自覚し、これまでの自分の無頓着さに悲しくなった。かなり呑気だった。
人間の尊厳に関する言葉は、作者が重度の障害を抱えつつ生きるという経験からくる深い重みがあったと思う。
あらすじ ※結末までネタバレあり
骨がS字にたわむ重度の病を患い、人工呼吸器が欠かせない生活を送る井沢釈華。
両親の残したお金でグループホームで、暮らしをしている。
某有名私大の通信課程でオンラインの授業を受けたり、卑猥なコタツ記事を書いたりしている。
TL小説を小説投稿サイトに連載したり、Twitterの零細アカウントでは「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」の投稿を固定ツイートにしていた。
釈華の夢は、普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのことだった。
ある日、入浴介護は必ず同性のヘルパーが付き添うようにしていたが、コロナ禍の中で、人員調整がうまくいかず、釈華の了承のもと、男性ヘルパーの田中が来る。
入浴介護後、急に田中から、釈華が運用しているTwitterの話題をされる。田中は釈華のTwitterアカウントを特定していた。
田中は釈華を脅すような言い方をし、釈華は、妊娠がしたいとお金で取引を持ちかける。
その日の夜、釈華は、田中の精液を飲み込んで死にかける。
それでも妊娠と中絶をしたいを釈華を見て、田中はグループホームを辞めた。
もうひとりの紗花が現れる。
彼女の兄が田中であることが示唆される。田中は釈華を殺して、通帳と印鑑を持ち逃げするが捕まってしまった。
そのせいで崩れて落ちていく家族。
風俗嬢として働く紗花は、お客にこの出来事を話し、今度は、釈華が殺したがった子を、いつか/いますぐ、孕もうとしている。
言葉
◯いじましい
意地きたなくせせこましい。いじけた感じがするほど、けちくさい。みみっちい。
「―・く儲(もう)けようとする」
◯係累のない
養うべき親や妻子がいないさま
◯マチズモ
男性優位主義の意味で使われることが多い。 マチスモとも言う。 「男らしさ」や「男っぽさ」を表す英語machismo(マチーズモウ)
◯アウフヘーベン
あるものを、そのものとしては否定しながら、更に高い段階で生かすこと。矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること。止揚(しよう)。揚棄(ようき)。
◯アウフヘーベンする
思想の対立をいったん止め、互いの考えの要素の一部を保持したままより高い次元へと引き上げ、新たな一つの概念にするという哲学の用語です。
◯侏儒(しゅじゅ)
こびと。一寸法師。
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